若年期に投下資本を株式に集めるという考え方、生き方をもう一度見直す
こんにちは。
港区ちいかわです。
最近は去年のような好調な右肩上がりの相場とは違い、レンジ相場が続いています。
その中で株のニュースや報道をメディアなどで見て、証券口座を作った方も多いことでしょう。また高配当投資ブログや米国株関連での特徴的なブログも続々と出てきて今やTQQQとGoogle検索すると山のような日本語の情報が出てきます。
そんな中でやはり株、特に米国株とは時間が育ててくれると、ひたすらガチホしていればS&Pの銘柄をガチホしていれば5年後には2倍いや3、4倍になっていると思っていると思われます。
一部の私のようなギャンブラーはそのような銘柄にレバレッジをつけてまで市場に参加しています。正直、狂気の沙汰かなと思います。
ただご存じの通り株はいつ紙くずになるかわかりません。
資産運用などという言葉がはやり始めたのはここ10-15年もっと言えばつみたてNISAができたころからでしょう。
老後2000万(正直全く足りないかと思いますが)の不安をあおる日本政府、それに対して預貯金こそ正義だと信じていた国民たち。
中々の縮図ですね、いつからこんなに日本人は平和ボケしてしまったんでしょうか。
まるで檻の中にいる囚人のような感覚です。
いつも決まった時間に起きて、労働をして、それを対価に生きるための栄養、生活をいただく、そして決まった時間に寝る。
監獄の中の囚人と何が違うのでしょうか。
1970年代の日本はもっと活力があったはずです。
デモ、抗議、最先端の技術革新、爆発的な生産人口増加
未来を感じますね、そしてそれは結果に繋がりその当時の日本の企業価値、時価総額は
世界一でした。
いったいどこから日本はだめになってしまったんでしょうか?
そして現代では若者に株投資を進めて資産運用で老後の問題を解決させようとする日本政府とメディア。
完全に踊らされている感があります。
本来自分で使ったお金は自由に使うべきです、貯金代わりに株に投資するために労働しているのではありません。
本来お金はいろんなところに行ったり、おいしいものを食べたり、その瞬間にしかできないことにつかったりするもので、40歳でFIREするために存在しているのではありません。
まあ、もちろん40歳以降で自由に生きたいからというのはありますが、30代、20代の大変貴重な時間、可能性を捨ててまでそうするのはいささか疑問に感じます。
若い時には若い時しかできないこと、例えばスポーツとか、恋愛とか、趣味とか、世界一周、様々な国地域に訪れる、人と会うとか、いろんなイベント、アドベンチャーに参加するとか。。。
FIREは昨今いい風潮のようなプロパガンダに移りますが、若年期の20年を捨ててまで、のちの40歳以降の延命活動(昔の人は40歳しか生きられない、ただその中でも幸せな人生を歩んでいたはず。。。)に注力する必要はあるのでしょうか?
自分が何者になりたいのか、皆さんももう一度考え直しましょう。